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月下美人・・・咲きました。 [雑感]

7月8日の夜月下美人の花が咲きました。
お昼ごろからつぼみが膨らんで・・・
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夕方になるとベランダから部屋の中に入れました。
今年はつぼみが4輪
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しかも一斉に咲きそうです。
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こんなことは今までありませんでした。
何日か続けて開花が見られましたが今年は4輪が
同じ枝から伸びた葉のつぼみなのでそういうことに
なったのでしようね。
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この辺りから月下美人特有の甘い香りが部屋中に漂います。
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これからは開花した月下美人の羅列になります。
月下美人の花の大きさ(缶のほろよいと比較してみました)
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今年も楽しませてもらいました。
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7月の野球観戦 [雑感]

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昨年の夏、広島対巨人戦の野球観戦がチケットが運よく当たって
東京ドームで見ることが出来ました。
いつもテレビで見るだけで、実際に見られたらいいな~
そう思っていたのが実現したのです。
なんとも幸せな時間を過ごせました。
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10数年前に胸部腫瘍摘出術を受け、術後の厳しい現実に一人で
家で悶々と寝て過ごす日々を送っていました。
ある日偶然BSでやっていたMLBの試合を見て・・・夢中に。
当時メジャーリーグヤンキースに渡った松井秀喜選手の戦う姿に
なんだかすごく元気をもらえたのですよね。
これは理屈ではなくてなんとも表現できない感情でした。
それからというもの、毎日テレビでMLBの試合に夢中の日々になって。
やがていつか元気になってヤンキースの試合を観戦したいという希望に
変わりました。
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体調が中々よくならない内に残念なことに松井選手が引退をして( ;∀;)
寂しさを紛らすように日本の野球を見るようになったのです。
何処を応援するというわけでもなかったのにいつしか広島の選手たちの
一丸となった試合運びに惹きつけられて・・・
松井選手のフアンだったら巨人の応援ですよね。
なぜそうならなかったのか自分でも分かりません。
でも、そんな時間を過ごすうちに体調も少しずつ上向きになって来ました。
今度は日本の野球を見てみたいと思うようになって一番近い横浜球場の
チケットが偶然手に入って見に行ったのですが何時間も狭い席に座っての
観戦は厳しくて、途中退席になりましたね。
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それまでチケットを手に入れる方法も知りませんでした。
今年、広島のフアンクラブに入ろうと試してみましたがすぐに定員になって[×]
もう見ることも無いかとあきらめていたら息子から取れるよと言われて
取ってもらったのが7月のチケットです。
折角なのでたぶんこれが最後の観戦かもしれないのでいい席を頼みました。
7月の金曜日の夜の試合です。
夫は夜遅く帰ってくるのに私の体調が心配だったようでした。
だったら小さな旅行のつもりにしようと二人で意見一致になり
こんな機会はあまりないからと球場近くのホテルを予約してみました。
野球観戦を楽しんで、翌日は行って見たい場所に行って見るのもいいよねと。
当日の体調次第ですが・・・
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と言うことで楽しみな予定が決まりました。
実は今年は私達夫婦の大きな意味のある年、どこか旅行をと計画していました。
ところが近くに住む息子たちの結婚式が決まって伸び伸びになっていたのです。
東京に宿泊する・・・こんな小旅行もありですね。


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高齢者ドライバーの事故に思うこと [雑感]

池袋の高齢者による事故には、大きな衝撃を受けました。
87才と言う年齢、しかも両足を痛めて歩行困難な運転者
奥様の病院の送り迎えをされていた時の事故と記憶しています。
アクセルとブレーキの踏み間違いによる事故と報道されて
それによって若い母親と幼い子供の命が失われましたね。
しかも青信号に従って横断歩道を渡っている時に。
遺族の方たちの無念はいかばかりかと思います。
未だに職場にも行けず辛い日々を過ごしていると会見で話されました。
こんなことがあってはならないと胸が苦しくなりましたよね。
そしてその後も高齢者による事故が起きました。
女性の運転による事故では幼い保育園児たちが犠牲になりました。
車を運転する身として、自身も高齢と言われる範疇にいると
認識している身としてこれらの事故は深く考えさせられました。

1年半前に対向車線から飛び出してきた軽トラックに激突され
数秒の違いで車は人の命を奪う凶器になりえることを実感しました。
交通ルールはお互いに守っていれば事故は起きないと信じていましたが
暴走する車の存在にはどうする術もないこともあるのだと。
その後公道を走っている車の存在が怖くて交差点を渡るのも
ヒヤヒヤしていました。
もう運転を辞めようかと真剣に考えました。
車の無い生活を2か月ほどしてみましたが車があるのが当然の
生活からいきなり通院も買い物もプール通いも不便になりました。
それでも何とか生活は成り立つかもと・・・
夫はもう少し車に乗りたいというのでしばし夫婦でもめました。
その後何度も話し合いを重ね、もう少し車を持とうという結論に。
その際私は強く推したのが安全性の高い機能が備わっている車を
選ぶことでした。
当然いろいろな機能が備わっている車は割高ですよね。
あとどれくらい乗れるのかわからないのに高価な車を買うことに
しがない年金生活者です、逡巡もありました。
ですが届けられた新車を運転して思うこと、実感すること多々ありました。
高齢者の起こした事故の多くがアクセルとブレーキの踏み間違いによる事故と
報道されのを見る度に少し安心もしました。
パニックで人はブレーキのつもりでアクセルを強く踏み続けてしまうとか
そんな時には車が停止するような機能が付いています。
それと信号が赤の時や前に車が止まっている場合、アクセルを踏む足を
離すだけで停まってくれます。
最初はそのことが信用できずにいましたが最近は納得、でもブレーキは
キチンと踏む習慣は使っています。
人やバイクが近ずくとすぐにブザーが鳴って知らせてくれます。
駐車場に車を入れるときもアラウンドビューで見えない車の後や周りが
良く見え安心して駐車が出来ます。
もちろん普段の運転はそれらの機能だけに頼らずにしっかりと運転して
いますが気持ちはだいぶ安心感もあります。
それでも車社会、何が起こるか分かりませんよね。
自分のミスで人の命を奪ったり怪我をさせてしまうことはあってはなりません。
いずれそう遠くない将来に免許返納する時期が来ると思います。
事故を起こしてしまった高齢者の人たちも事故を起こしてしまうなんて
つゆほども思っていなかったと思います。
車の運転に本人も周りも不安を感じるようになったら考え時かと。
交通機関が便利な都会に住む人は返納を選ぶのも有りですね。
地方に住む高齢の人たちには車がなくなっても困らないよう
行政が様々な工夫をすることも期待したいですよね。
最近は車に乗る必要がない限り歩いたり電車やバスを使ったりして
過ごすことが多くなりました。
この問題はテレビでも様々な意見がありますね。
一概に高齢者の運転は・・・と軽々に論じられませんが。



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母の日 [雑感]

今日は母の日でしたね。
毎年プレゼントをもらうのが申し訳なくて
もういいからねとずっと言い続けているのですが
お昼ごろ、プレゼントが届きました。
とても素敵なカゴバックとスカーフが下の息子たちから。
あわてて息子に[電話]を入れたらなにを送ったのか知らなかったようで
〇子ちゃんが選んでくれたようでした。
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本当にありがとう(^^♪
すっごく素敵で嬉しくなりました。
サンダルは夫に結婚式の時に履けるようにと買ってもらったものです。
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振り返って思い出すのは・・・
私達が子育てで大変な時、どちらの親に対しても何も
出来なかったことがずっと心に傷として残っていました。
特に私は夫の両親からは嫁としてあまり快くは思われて
いませんでした。
若かった私には悲しい思い出ばかりが残って・・・
今だったら私の努力が足りなかったと反省できるのですが。
だから我が家のお嫁さんたちにはそんな思いをさせたくないと
心に決めていました。
でも我が家の3人のお嫁さんたちはそれぞれがとっても
可愛くて、優しくて、私の密かな思いなど必要ありませんでした。
ふれあいの中でそれぞれお嫁さんの素晴らしいところを実感しています。
私達はただひたすら息子といい家庭を築いていってほしい
それ以上望むことはありません。
本当にいつもありがとうと感謝の想いで一杯です。



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後見人制度について [雑感]

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このブログでも何度か書かせて頂きました従兄弟のことです。
親子ほど年が違う従兄弟ですがすぐ行ける距離ではないものの
色々お世話になったので定期的に数十年訪問を続けてきました。
数年前、風邪をひいたことが引き金になり2か月近くの入院をした時のこと。
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突然あまり交流の無かった従兄弟の甥が[電話]をくれて「叔母が認知症で困っているので
自分がいろいろやっている」と。
それを聞いた時はこれからは私たちの出番は無くなるかとちょっとε-(´∀`*)ホッ
退院した従兄弟の訴えで全ての通帳と印鑑を甥っ子が持って行って
返してくれないと聞かされました。
その時の私は甥っ子がこれからは全てを管理してくれるのだと信じてました。
でも途中、おかしいなと思うことがいろいろとあって不信感を持ったころ
お世話になっているヘルパーさんからも遠慮がちに相談があり
いろいろ訴える従兄弟の言葉は本当のことだと信じました。
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訪問した日引き出しにある数種類の書類を従兄弟に見せられました。
公正証書などが入っていてどうしたのか聞くとある日車でやってきてあちこち
連れていかれて印鑑を押したことがあって最近この書類を見つけたと言うのです。
そこにはすべての財産は甥っ子が引き継ぐこと、すべての通帳と
印鑑の管理は本人の同意のもと甥っ子が管理することが書かれていました。
でも認知症が悪化する前にしっかりと書類を作っておくのは必要かも
しれないとも思いました。
甥っ子がしきりに医師の認知症の診断書を早く作りたいと言ってました。
私達から見ると明らかな認知症とは思えない症状でしっかりと
話は出来ている従兄弟でしたが少し物忘れがあるかな~と感じることも
あったのです。
従兄弟のためにお金はきちんと管理してねとお願いすることしかできません。
彼の「母親のように思っている」という言葉に安心してもいました。
でも従兄弟は私たちが訪問するたびに甥っ子のことを訴えてきました。
「話していると血圧が上がってくるので会いたくない」とも。
そのたびに私が甥っ子と[電話]で話すのですがとにかくダメです。
どうしてあげたらいいのかと悶々としていたものの私たちが出来ることは
限度がありました。
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そんなある日、市役所の担当者さんや弁護士さんから私の携帯に電話が入りました。
本人とケアマネさんからの訴えで従兄弟宅を訪問していますと・・・
それから関わりのある周りの人に聞いたりして甥っ子が取っている行動が疑われたのか
家の書類もすべて弁護士さんが調べたようでした。
それから1年ぐらいたって弁護士さんから「正式に裁判所の判断が出て
甥っ子さんの作った公正証書などの書類は全て効力が無くなりました」と
知らせて下さいました。
まだ本人の認知力は残っているという医師の判断がありましたので新たな書類を作りました
でも法的には甥っ子さんは相続人の一人であることに変わりありませんがご本人(従兄弟)が
会うことを拒否していますのでそのおつもりでいてくださいとも。
本人の意思と状況から後見人には弁護士さんが選ばれました。
今の従兄弟にとっては一番いい結果かもしれないとε-(´∀`*)ホッ
そして現在はヘルパーさんと看護師さんの訪問や週4日のデイケア―で一人で過ごす
日が無いようにと弁護士さんとヘルパー協会で日程を組んでくれました。
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それでも従兄弟は夜になると自分のこれからが不安になるようで訪問時や携帯で
そのことを訴えますが「何も心配いらないのよ、安心して生活してね」と答えています。
認知症と診断されるといろいろ難しいのだと痛感しました。
こういう結果になったのには本人同席で弁護士さん、市役所の担当者、ヘルパー協会
ケアマネさんたちの協議の結果です。
甥っ子が正しいことをやっていたら何の問題もなかったのですよね。
例え家族がいてもきちんとしておかないと大変なこともあるようです。
私達の今後のためにもと色々探して読んでみるのですが・・・
何かあっても息子たちが困らないようにはしておくのが親の務めですよね。
そういえば最近いろいろな詐欺事件が起こってますよね~。
留守電に設定していますが知人からの[電話]かもしれないと思ってつい
出てしまいます。
そういえば以前息子の名前を名乗った[電話]があって明らかに声が違うのでえっと
言ったら電話を切られてすぐに息子に[電話]をしたら掛けてないよと・・・
だまされそうだから電話に気を付けてと家族から言われてます。
昨今、何が起こるかわからない世の中になりましたよね。



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風邪をひきました。 [雑感]

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前記事の防災訓練の日、雪が降ってくるような寒い日
なので風をひかなければいいな~、そう思っていました。
翌日寒気を感じたりしたので少し外出を控えて・・・
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夫の休みの日、こんな時はお風呂に行こうとソレイユに
出掛けたものの運悪く経験したことがないまさかの修繕の為
一週間ほどの休館でした。
仕方なくせっかく行ったのでソレイユの中を歩いて子供たちの
遊びを見ては以前は孫たちも喜んで遊んでいたな~
そんなことを想いながら散策して家に戻りました。
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翌日は夫が先に咳をし始めてそれでも仕事に行きました。
私は風邪は大丈夫かもと久しぶりにプールへと。
泳いでいるときは別に平気だったのにその夜体に違和感を。
翌日から猛烈に喉が痛くなって微熱も・・・
2日後は熱も下がったので起きれるようになりホッとしたのですが
月曜日になると咳をし始めました。
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喘息を持っているので風邪をひかないよう気を付けてここ2年ほど
咳で苦しむことがなく少し克服できたのかもといつも続けるように言われている
喘息の吸引薬を怠けていたのです。
慌ててやり始めましたが時すでに遅しでした。
この喘息性の咳が続くとつらいのですよね~。
体中が筋肉痛になり、呼吸ができないほど咳込むと息が吸えなくなって
落ち着くまで苦しんでしまいます。
喉も真っ赤に腫れて痛みます。
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やはり主治医の忠告を守らないといけませんね。
実は手術以降様々な薬を飲み続けて来ました。
ずっと飲み続けなければならない薬は仕方ないとして何とかして
飲む薬を減らしたいと食事や生活の仕方、運動などで免疫力をつけて
病院に行くのを減らしたいと努力をして・・・
結果体力もついて最近かなり減って来ていました。
もちろん主治医と相談しながらですよ。
この喘息の治療薬も減らせないものかと・・・
風邪も病院にかからないで治せたら凄いなと思ったのです。
結果はむしろ検査や治療代がかかり薬が増えました。( 一一)
うぅ~ん、難しいな~!!
体全般を見てもらっている主治医から「冬場だけでも続けましょう」
「はい、わかりました」と私。
とにかく早く元気になってプールへ行きたいです。




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合同防災訓練 [雑感]

2月17日に地域の合同防災訓練がありました。
避難場所に指定されている中学校に周りの町内会
4か所が一緒の訓練は初めてのことです。
曇り空の寒い日でしたが大切なことだと夫婦で参加しました。
それぞれの町内会が隊列を成して中学校の校庭に集まって
先ずは市役所の人や町内会会長などの挨拶がありその後に
委員長やそれぞれの役の長を決めて行動開始です。
最初は体育館に集まって防災に関するいろいろな話がありました。
その後は3つの班に分かれて・・・
先ずは発動機で電気を起こす班、次にトイレの設営と使用法の
注意、最後は中学校の備蓄品、食料や仮設トイレ、毛布などの
保管されている倉庫と3か所に分かれての行動でした。
当然停電が先ず起こるでしようから発電は大切なことですよね。
LED仕様なので長持ちすると言ってましたがされでも1本で
1時間きり持たないのだそうです。
そしていちばん心配なことがトイレのこと
使用法は簡単でしたが実際に災害が起きて避難することになったら
先ずはトイレが一番の問題だと改めて実感しました。
それぞれがしっかりと認識してルールを守ってやらないと
色々と問題が起こりそうですね。
最後は備蓄のこと。
毛布はとりあえずありますがどう考えても足りない数です。
やはり出来ることなら家で何とかしのげられることが望ましいと
しみじみ思いました。
体育館の寒さ、床に座る冷たさ、トイレの問題と現実に起こったら
体力的にも精神的にも大変なことだと本当に実感しましたね。
寒い日だったこともあって参加人数は住民の数からすると少なくて
いざ災害が起こったときに混乱は想定されますね。
市役所の方もこれから複数回にわたって訓練を行っていきたいとの
言葉に納得でした。
参加されていたのはやはり一人暮らしの人や高齢者の方が
多かったですね。
小さなお子様を連れて参加されていた人は大変だったでしょうけど
何かの時にはこの経験は生きますよね。
終わりごろには曇天からちらほらと雪が舞って来てほぼ2時間の外での
合同訓練ですっかり体が冷え切ってしまいましたが良い経験が
出来たとみんなで話しながら戻って来ました。
こんな時に日頃逢えない人と触れ合うのも大切なことだとも思いました。
我が家の備蓄品についても揃えてあるとのんきに考えていましたが
数が足りなかったり食品や水は買ったままだったりと反省する点が多々あって
これからの準備にも参考になりました。


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車・・・1年が経ちました。 [雑感]

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新車に乗り換えて1年が経ちました。
今朝、1年目の点検で車はディーラーへ・・・
1昨年暮れに事故にあって車を乗り換えてしばらくは
車が怖くて仕方ありませんでした。
新車にはいろいろな機能が付いていますが車が
飛び込んでくる感覚が抜けずにしばらくはドキドキ。
新しい車は自ら発電する電気自動車(e-POWER)で安心機能が
ついていましたが数か月はそれらの性能を使いきれませんでした。
インテリジェントエマージェンシーブレーキで
衝突の危険回避のアシストで安心感があったので
徐々に車にも運転にも慣れていきました。
駐車場に入れるのもアラウンドビューモニターで
安心して入れられるようにもなりました。
坂道も走行がとても楽でしたね。
音もとても静かで走行もなめらかです。
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最近まではNORMALモード走行でしたがせっかく
付いている機能、e-POWER Driveを使って
走って見ました。
走行シーンによってはこれを使うと楽なことも
分かりました。
これだとアクセルペダルを離すだけで車が止まります。
一番怖いのはアクセルとブレーキの踏み間違いですが
そんな心配はなさそうです。
まだ幸いなことにそんなアクシデントは経験がありませんが
高齢者の交通事故の多くが踏み間違いによる事故でしょうか!!
気を付けたいと思います。
1年目を迎えて改めて心して運転をしようと思っています。
それでも遠出はしたくないですね。



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ノーベル医学生理学賞 [雑感]

1日にノーベル医学生理学賞が発表されました。
これを日本の本庶佑京都大学特別教授とアメリカ
ジェームズ・アリソン教授の二人に贈られることが
決まりましたね。
難しい医学の話で解説が良く分かりませんが・・・
免疫をがんの治療に活かす手がかりを見つけ新しい
タイプの治療薬の開発につながってがん治療に大きな
希望を生み出すことになりそうだと新聞に書かれています。
これからの治療に大いに期待したいところです。
まだ薬価がとても高くて誰もが受けられる治療では
なさそうですがいづれ一般的な治療になることも期待しています。
今までは外科手術か放射線、抗がん剤が主な治療でした。
でも「免疫でがんを治す」・・・なんて画期的なこと。
最近周りにもがん患者さんが増えてきているのを実感しています。
この薬はメラノーマの治療薬として承認され肺がんや胃がんにも
効果が期待できるようです。
末期のがん患者さんにも進行をほぼ抑えられるとか。
素晴らしい薬ですよね。
私は12年前に両肺と心臓の隙間に2センチ大の腫瘍が出来て
胸骨を切り開いて臓器全摘出術を受けました。
幸い、今は10年の経過観察を経てもう大丈夫でしょうと
主治医の言葉にどれだけ安堵したことか。
胸を切り開く手術と術後の厳しさはまだ書けずにいます。
そして合併症で発症した自己免疫疾患の二つの病とも
これからずっと仲良くしなければなりません。
その一つが難病に指定されている筋肉の病気です。
今幸いにも薬で普通の生活をしていますが治ることがない
病気です。
疲労やストレスをできるだけ避け,のんではいけない薬も多々あります。
でも今回のこの研究はもしかしたらこれら自己免疫疾患を治すことも可能
ではないかと期待もしてしまいます。
難病とは今のところ原因も分からず治療法もなく、ゆえに
難病指定されているのですがそんな患者さんにも光が与えられる日が
来ることを心からを切望しています。
追記
4日付の新聞によると残念なことにこの薬の副作用で糖尿病や筋無力症が
発症することがあると書かれていました。
免疫という名の難しさを痛感しています。

追伸
明るい話題で・・・昨日の夜月下美人が4輪咲きましたよ!!

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友逝く [雑感]

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14日に友人が逝去されました。
今日はお葬式で、ご近所に声をかけ揃って出席してきました。
この日がいつか来ることはわかっていました。
ついにという思いともう苦しまなくていいよねとの
思いで受け止めました。
昨年の暮れに病気が発覚。
それまでよく逢っていたのに中々出会うことが無くなり・・・
何かあったのだと予感があって、そんなある日打ち明けられました。
「すい臓がんでもう手当のしようがない」と病院から言われてしまったと。
私が手術を受けた病院でした。
その後どの病院も引き受けてくれず自宅で過ごしていると。
既にどうにもならないほどになっていることを本人も
しっかりと受け止めていました。
笑顔の素敵な友でいつも癒されていました。
突然のことに心が乱れて・・・
「あなたが泣いてどうするの」・・・「でもその気持ちは嬉しいよ」
私にできることは何だろうと季節の花々や食べられそうなものを届けたり
だんだん食欲もなくなりかかりつけの医院にも通えなくなって。
このままではあまりにも辛いと私のかかりつけ医に相談したら
私が見てあげますよとの言葉に急いで彼女の元に。
かかりつけ医は以前から訪問診療を続けている医師です。
そしたら息子さんが必至で探した訪問介護クリニックの自宅訪問診療を昨日から
受けられるようになったのだと聞いて少しホッとしました。
一日おきの訪問診療、最後の望みの丸山ワクチンの注射を受け痛みと戦いながらも
訪ねるとおしゃべりができて嬉しい、痛みも忘れられると・・・
気になりながらご近所の人たちには優しさから声をかけてもらうことが時に
心を傷つけられることもあるので誰にも話していないとの気持ちを尊重して
誰にも言えずに日々を過ごしていました。
桜の季節も迎えられて、奇跡が起こらないかと思いながら痩せていく友に
かける言葉も分からなくなって・・・
時に眠れないこともありました。
何とか奇跡が起きて欲しいとの願いも届かず数日前に息子さんが家に訪ねてきて
「母がお世話になりました」と泣きながら報告を受けました。
この住まいに越して来たのは40年前、最初は子供たちが仲良くなり少年野球や
バスケのコーチをしていた夫たちの交流があり家族での付き合いになりました。
キャンプに行ったり近くの観音崎に行ったり思い出がたくさんあります。
私の手術の時も何かと労わってもらいました。
お花を届けてもらったりフキノトウを見つけたと持ってきてくれたり
ハーブの花をよくいただいたり・・・
数週間前に「今までありがとう、この絵をもらってほしい」と絵画を頂きました。
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素敵なパンジーの花の絵です。
部屋に飾って見るたびに彼女を思っては心に棘が刺さったような気持ちで
過ごしていました。
「頑張ったね、本当にお疲れ様」
何よりも痛みから解放されたのだと思いたいです。
先に逝かれたご主人といつか私たちもそちらに行くので仲良く待っていてね
たくさんの思い出をありがとう!!
彼女にはお嫁に行った娘さんと同居する息子さんがいました。
二人とも力を合わせて病院通い、食事作り、ゴミ出しなどもお母さんを助けて
辛い思いを抱えながら本当に良く頑張っていました。
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